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Superliga Argentina 2018-2019スーペルリーガ・アルヘンティーナ 2018-2019

テベスが認めた前監督との確執 「無礼がたくさんあったが、チームのために我慢していた」

元アルゼンチン代表FWカルロス・テベスがボカ・ジュニオルスの旧指揮官ギジェルモ・バロシュケロット氏との確執を認める
▲ ボカの前監督であるギジェルモ・バロシュケロット氏との確執を認める発言をした元アルゼンチン代表FWカルロス・テベス(左)
対立していた相手がいなくなって、元アルゼンチン代表FWカルロス・テベスが口を開いた。兼ねてから噂になっていたボカの前監督ギジェルモ・バロシュケロット氏との関係について、確執があったことを認める発言をした。

中国スーパーリーグからボカに戻ったテベスは、以前のようにボカでレギュラーポジションを与えられず、ベンチを温め途中出場の機会が多かった。スタメンで出る試合は、チームが主力を休ませたいときに限られていた。つまりテベスはボカの主力ではなかった。

そうした自身の扱いについて、テベスは不満を募らせていたというが、当時の監督(ギジェルモ・バロシュケロット氏)には不満をぶつけないようにしていたという。

「我が愛するクラブに戻ってこられたことを感謝している。だが、中国から戻ってきた私が、ボカで充実した生活を送れていたかの質問に肯定的な回答は出せない。今思えば無礼なこともたくさんあったし、個人的に言いたいこともいろいろあった。だけど、ギジェ< jsmall>(監督)が決めたことや発言はすべてがボカのためのことであると思ったから、私は黙っていた。マウロ・サラテがベレスから加入したときも、私に嫉妬はなかった」

「ギジェはボカをリベルタドーレス決勝まで導いてくれたし、監督としても非常に優秀な人物であることはわかっている。彼からの指示に許容できないことはいくつかあったけど、彼が優秀な監督であることには同感だ」

コロンビア代表FWエドウィン・カルドーナがメキシコへ移籍したのに伴い、テベスは再びボカの10番を着けることになった。契約期間は2019年12月までで、この1年間でテベスはかつての輝きを取り戻す必要がある。

◆ カルロス・テベス

本名:
カルロス・アルベルト・テベス
生年月日:
1984年2月5日生まれ(34歳)
出身:
アルゼンチン(ブエノスアイレス州シウダデーラ)
身長:
170cm
ポジション:
フォワード

2001年にボカ・ジュニオルスでデビューすると、2シーズン目から頭角を現して2004年3月には20歳の若さでアルゼンチン代表に招集された。2004年に当時コリンチャンスを牛耳っていたMSI社の資金でブラジルに渡り、2006年からはプレミアリーグでも活躍。2013年からはユベントス(イタリア)でも活躍した。2015年に古巣ボカに復帰したが、2017年に渡った中国では水が合わず不遇のシーズンを過ごしていた。元アルゼンチン代表。

◆ ギジェルモ・バロシュケロット

生年月日:
1973年5月4日生まれ(45歳)
出身:
アルゼンチン(ブエノスアイレス州ラ・プラタ)
身長:
171cm
現役時代の
ポジション:
フォワード

1991年、18歳の頃に故郷の名門ヒムナシア・ラ・プラタでデビュー。1997年からは11年間ボカ・ジュニオルスでマルティン・パレルモやカルロス・テベスらとともに点取り屋として活躍した。MLSへの移籍を経て、2011年に古巣ヒムナシア・ラ・プラタに戻って現役を引退。2012年からはラヌースの監督に就任してコパ・スダメリカーナ優勝に導くと、2016年の途中からボカ・ジュニオルスの指揮官に就任。2018年にリベルタドーレス決勝で宿敵リーベル・プレートとのスーペルクラシコで敗れると、ボカの監督を辞任。2019年からはMLS(メジャーリーグサッカー)のロス・アンジェルス・ギャラクシーを指揮している。愛称は“ギジェ”。

2019.01.06

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