Campeonato Paulistaカンピオナート・パウリスタ

パトが語ったミラン移籍の動機 「フェノーメノ、カカといっしょにサッカーをしたかった」

ブラジル代表FWアレシャンドレ・パトがインテルナシオナウからミランへ移籍した動機
▲ ミラン時代にみられたアレシャンドレ・パト(左)とホナウド(右)が握手しながら自陣へ戻る場面。カカ(中央)を加えたブラジルトリオの形成は、シルビオ・ベルルスコーニ会長(当時)が兼ねてから望んだ布陣でもあった
現在はサンパウロで活躍中のブラジル代表FWアレシャンドレ・パトが、2007年にインテルナシオナウからミラン(イタリア)へ移籍した動機を明らかにした。フェノーメノこと(当時)ブラジル代表FWホナウドと、(当時)ブラジル代表MFカカの二人と同じチームでプレイしたいとする願望が、ミラン移籍の決め手だったとしている。

「複数届いていたオファーの中から、私がミランに行くことを決めたのは“アイドル”といっしょに試合に出たかったからだよ。フェノーメノ(ホナウド)は我が少年時代の一部だった。私は彼のような選手になりたくて、そのためには彼のいるチームへ移籍することが成長の近道だと考えたんだ。それでミランへ移籍した。叶ったときは信じられない気分だった」

2007年のホナウドはすでにキャリアのピークを過ぎていて、怪我も多く、かつ太りすぎていた。だがそれでも対戦相手に恐怖と悪夢をもたらす可能性は十分あった。2007年から2008年までの間に出場した試合数はわずか20だったが、9ゴールをマーク。当時の状態を踏まえれば、まずまずの成績だ。パトにとっては憧れのスターと同じピッチに立てた機会は限られたが、それでもミランでブラジル人トリオ「KaPaRo」を形成した試合のことは、思い出深く好意的に捉えている。

「KaPaRo…カカ、パト、ホナウドだった。いやぁ、すごかったね。あのときは自分自身たくさんの刺激を受けて、成長できたと思っている。あのときのことは今でも鮮明に覚えているよ」

パト自身もミラン時代は負傷が多く、苦しい時期もあったが、ミランへ移籍した動機を明かして、かつフェノーメノとともにプレイできたことはパトにとって大きな財産となったようだ。事実、パトは今でも「ミランに戻れるなら戻りたい」と述べていて、ミランに好意的な印象を抱いている。

◆ アレシャンドレ・パト

本名:
アレシャンドレ・ホドリゲス・ダ・シウバ
生年月日:
1989年9月2日生まれ(29歳)
出身:
ブラジル(パラナー州パト・ブランコ)
身長:
180cm
ポジション:
フォワード

4歳で始めたフットサルで技術を磨き、12歳で入団したインテルナシオナウの下部組織でも異彩を放ち、16歳ではカンピオナート・ガウーショ U-20 で得点王に輝いた。2006年に17歳でトップチームに昇格すると、同年のFIFAクラブワールドカップでは肩でリフティングするドリブルでその存在を世界中に知らしめた。2007年8月にミラン(イタリア)へ渡ると、ゴールを量産する活躍を数年みせていたが、2010年に起こした肉離れを境に負傷癖がついてしまい、出場機会が激減。そして2013年に母国での再起を図り、コリンチャンスへ完全移籍した。翌2014年にサンパウロへレンタル移籍すると、コリンチャンス時代以上の活躍を披露。1年半でチェルシー(イングランド)へ移籍したが、サンパウリーノ(サンパウロのサポーター)のハートをわしづかみにした。その後ビジャレアル(スペイン)を経て、2017年からは天津権建(中国)へ移籍して、2019年3月に古巣サンパウロと4年契約で戻ってきた。ブラジル代表。

2020.04.06

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